クレヨン


 クレヨンに触ったのは本当に久しぶりだった。

 文房具屋の福袋か何かに入っていて、ほんの少しの間使っただけで、何年間も眠らせていた。
 引き出しを整理していたら、この度めでたく陽の目を見たのだ。
 取り立ててやることもなく、暇を持て余し気味だったので、これで絵を描こうと紙を探す。

 何を描こう。
 クレヨンの感覚なんて忘れているから、リハビリだ。
 ズバッと水平線をひいて、海なんてどうだろう。
 簡単だし、パラソル何かを適当に描いたら、良い感じではないだろうか。

 よし、海だ。
 そう決めて、箱の中から青いクレヨンを取り出そうとした。

 おもむろに、思いつく。
 こいつらが喋ったらどんなだろ。
 そう言えば、昔そんな児童書があったなぁと思いを馳せた。
 絵に関するアドバイスとか、してくれるだろうか。
 楽しく盛り上げてくれるなら、それもいいかも。

 そう考えていると、箱の中でクレヨンが話し出す。



『水って言えば青ってとこが、ちょっと安直なんじゃないの?』
『そうだ昔君は、花といえば赤か黄色でしか塗らなかったね。
 成長が見られないな。もっと前衛的な思想を持って芸術に望めないかな』
『贅沢いうなよ赤クレヨン。使われるだけマシじゃないか。
 見ろよ、僕なんて験し描きにしか使われてないんだぞ』
『いやいや紫クレヨン、真ん中でぽっきりいった俺より良いだろ』
『ああ、確かに緑クレヨン。可哀相に…草原なんか力いっぱい塗られたからな。
 正直子供じゃなきゃ、確信犯かと思ったよ』
『もう少し女性らしい優しさと気遣いのあるタッチを覚えてほしいものだよね』
『それを彼女に求めるのは無理ってものさ。見なよ。
 あんなつるつるした紙に、僕らをこすり付ける気だ』
『ああ、なんてことだ!僕らとってもデリケートなのに!』
『まったくだ!』
『箱を福袋なんかに入れた、文房具やの親父を恨んでやる!』
『いや、恨むならこの持ち主に当たってしまった不運の方さ』
『神様のいじわるー!!』



「うるさいな!」

 私が叫ぶと、クレヨンたちは箱の中で静かになった。
 好き勝手、何を言ってくれている。
 前言撤回。
 クレヨンが喋る必要はきっと、ない。

 物言わぬ青クレヨンを手に取る。
 私は白いコピー用紙に思いっきり水平線を引いた。



 少し力を込め過ぎたが、誰も怒りはしなかった。






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