地下街の妖怪
街の古い地下街に妖怪が出る。
その地下街は昔は繁華街の仲間で、どんな時間も賑わっていた。
何か買う必要がなくても、そこを通って帰ろうと思わせる華やかさがあった。
けれども大きな駅の側に出来た大型ショッピングモールの登場で、少し活気を失っている。
決して使われてない訳でもないが、昼間でもシャッターの閉じられた店舗がちらほら見られた。
夜になるとそれは更に顕著になる。
どんなに遅くても人が溢れていたのはもう過去の話で、今ではぱたりと人通りが止んでしまう。
大型ショッピングモール誕生の時には私はすでに実家を離れていた。
一時の事とは言え、自分以外の人がいないその空間を目撃して、少なからず衝撃を受けたものだ。
そう言う事は仕方がないと思っても、一抹の哀愁を感じざるを得ない。
とある日。
何年振りかに長い帰省をして、出かけ先から帰って来る時に地下街を通った。
もう店は閉まっている時間で、誰の気配も感じられない。
今やこんなものか、と思って歩き始めた私は、初めて彼らと遭遇した。
シャン、シャン、シャン。
祭りを連想しそうな鈴のリズミカルな音色が耳に届く。
目の前には「何か」がふわふわと行進している。
行進しているものの正体は、達磨や稲荷神社を守る狐の様な張りぼて、最近は見かけなくなった玩具など。
それらが綺麗に列をなして、鈴の音に合わせて通りを通過していく。
明らかに異様な光景だった。
明らかにお化けや妖怪と言って良い物だった。
驚きでぼうっとしながらも、夢でないかだけは頬を抓って確かめた。
ただ不思議だったのは、その列を見る前から知っている様な気持ちになった事。
どれだけ思い出しても、そんなものに遭遇した記憶が思い当たらないと言うのに。
何故だか思ったのだ。
懐かしい、と。
久しぶりだね、と。
何も言わずただその行進を見ていると、狐の張りぼてがこちらを向いた。
それは何も言わず(張りぼてなので口は開かなそうだった)列を抜けふわりと近付いて来る。
そしてどこからか私に何かを渡した。
放心していて良く解らなかったが、地下街を出てから確かめるとそれはお菓子だった。
コンビニとかには置いていない、レトロな袋に入った昔の駄菓子。
お化けからお菓子をもらってしまった。
ああ、お礼を言ってなかった。
我に返って思った事はその2つだった。
翌日不思議な体験を誰かに聞いてもらおうと、母や友人を捕まえた。
けれども自分の口から出てくる言葉は「お化けからお菓子をもらった」というものばかり。
皆よく知っている場所の話なのに、どうにもそのお化けと絡めようとすると、その場所を上手く説明出来なかった。
結果話したすべての人に、大丈夫かと心配される羽目になっただけだった。
もう一度見に行こうと思ったのは、帰省最後の夜だった。
ポケットには駄菓子。
それはこないだもらったものではなくて。
ショッピングセンターにテナントとして入っている駄菓子屋さんで買ったもの。
こないだのお礼に渡そうと思ったのだ。
地下街に下りた時には少し人が歩いていて、お化けは現れない。
時間を置いて何度か階段を昇り降りし、とうとうその時はやって来た。
シャン、シャン、シャン。
聞き間違うはずもない鈴の音。
摩訶不思議な者達の行進。
やっぱり懐かしいなと列を見渡す。
その懐かしさは、誰もが持ってる郷愁を引き出しているのか。
それとも記憶にも残らない遠い思い出を持っているのか。
しばらくすると、駄菓子をくれた狐の張りぼてを見かけた。
ポケットの駄菓子を取り出して、意気揚々と近付いて行く。
――こないだはありがとう。
そう言って駄菓子を差し出した私は何を思っていたのだろう。
礼も出来ない薄情な奴だと個人的に思われたくなかったのか。
ひと夏の思い出に、お化けと友情をはぐくもうとしていたのか。
どちらにせよ次の瞬間、馬鹿な事だったと思い知らされる。
狐の張りぼては私が抱えられそうなサイズだった。
それなりに可愛い造りだった。
それが。
駄菓子を差し出した瞬間、天井に届くのではないかと言うサイズにまで変化した。
しかもそのほとんどを占めていたのが、ないと思っていた口だった。
狐の張りぼては大口を開けてこちらに迫って来た。
完全に人間を食べます!という行動だった。
自分でもびっくりするほどステレオタイプな悲鳴を上げて、その場から逃げだした。
階段を駆け上がり地下街を抜けてから振り返る。
特に追って来ている様子もなかった。
いつの間に投げ出したのか、駄菓子はその手からなくなっていた。
2つ気付いた事がある。
1つ目。
彼らは郷愁の妖怪なのだろうと言う事。
皆の懐かしいという気持ちが詰まっている。
彼らに遭った事がなくても、そう言う気持ちを抱かせる。
その手段の一つとして、目撃者は懐かしいお菓子を賄賂のようにもらうのだろう。
2つ目。
彼らは人間ではないのだから、思考だって人間とは一緒ではないはずだ。
駄菓子をくれると言うのは彼らなりのルールであって、優しさではない。
きっと私から近付いたり、お菓子を渡すのは重大なルール違反だったのだ。
妖怪と心を繋げようなんて、所詮はファンタジーだと言う事だ。
実家から戻る一番新しいタイプの新幹線の中で、時代錯誤な事を思った。
あの日もらったお菓子は食べるに食べれなくて(ちょっと勇気がいる)。
今でも家の引き出しに仕舞われている。
私はそれを見る度に、漠然とした懐かしさで胸がいっぱいになる。
あの地下街に行きたいなと思う。
だから私はそれからも、実家に戻る時はあの地下街を通る。
でもあれ以来達磨も狐も見る事はなくて。
けれども気のせいか鈴の音だけが、遠くで響いている。
きっとお菓子を手に入れて、郷愁で満たされる私には、あのお化け達は必要ないのだろう。
そしてまだそれに出会っていない人達の前に、彼らはルールに則ってやって来るのだ。
遭えばこの地下街を思い出さざるを得ない。
この寂れゆく風景は、思い出の中で永遠に生かされる。
それが彼らのルールで、存在意義なのだろうから。
人間とは違う、私には理解できない彼らのルールだ。
それでも、ほんの少しだけ期待してしまう。
私の差し出した駄菓子の袋を、あの狐の張りぼてが持っていて。
私と同じように、私の事を思い出しているのではないだろうかと。
所詮は、ファンタジーだ。
けれども、思うだけなら罪にはなるまい。
あとがき:何の捻りもなく、こういう夢を見ました第3段。交差点の妖怪の続編っぽくあえて同じ表現を。
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