交差点の妖怪
その紙を、受け取ってはいけない。
嫌な感じの雨が降る日。
自分以外の誰もいない交差点を通ると、妖怪がいる。
赤い番傘を差したおかっぱ頭の着物の少女。
交差点を渡る為に信号で立ち止まると、少女は紙をこちらに差し出す。
2つに折りたたまれただけの白い紙を受け取ると、呪いをもらう。
死でも、狂気でもない。
ただ黒い、もやもやとした気持ち。
その日はとても嫌な気分で過ごさなくてはいけない。
初めてそれを見かけた時、よく解らないけれどそれが、人間でない事だけは理解できた。
元々人間だった幽霊とかではなく、始めからどうしようもなく違う生き物。
うっかり紙を受け取って、嫌な思いをした。
それから、雨の日まったくの独りでその交差点を通ると、必ず赤い番傘が目に留まる。
紙をもらうのが嫌で、決して立ち止まらないように努めている。
信号が赤なら、遠回りでもそのまま歩道沿いに歩いて行く。
とても稀だけれども、時々会う。
だから1度だけ、コミュニケーションを取ろうかと考えた事がある。
例えば漫画やドラマのように、幽霊の心残りを取り払って成仏させるような。
忌み嫌わずに接して妖怪の友達を作るような。
そういうシーンに憧れたのかもしれない。
けれども。
赤い番傘に近づいて、まともにその顔を見た時、そんな考えは霧散した。
顔の作りは不気味でも何でもない。
けれどもその目の見ている先は、明らかに理解できない世界のものだった。
本当の本当にどうしようもなさが悪寒となって駆け上がった。
別の生き物の気持ちなんて解らない。
人と人との間のように「解ったつもり」にすらなれない。
お互いが心を通じ合わせるなんてしょせんファンタジー。
妖怪と幽霊はきっと違う。
幽霊は人の気持ちを持っている。
妖怪は明らかに別の生まれ方をした、怪しいヒトガタ。
たまたまこの世界と、ここではない世界の交点に立っているだけ。
それは別に、人間に復讐をしようと呪いを撒いている訳でもなんでもない。
ただ、それが当たり前のこと。
自分たちが朝起きて、朝食を食べるように。
学校へ行って勉強をするように。
そういう風にそれは交差点に立っている。
ただ、それだけの事。
今日もそれはどこか雨の地で紙を配っている。
どれだけ好意を与えても、哀れみを込めても、時間を共にしても。
その紙には呪いしか刻まれていない。
目の前に立っても、交差点の対角のように遠い存在。
だから、その立ち姿が切なく見えても。
決してその紙を、受け取ってはいけない。
あとがき:何の捻りもなく、こういう夢をみただけなのでした。
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