――とある学園のなんでもない日。
そんな学園一コマA
ユーザ帝国より海を越えた西に位置するアルフガナ王国。
その王国設立の魔法使い養成学校リヴァーサルド学園。
その学園のとある授業終わり。
学年最優秀と名高いシャレオ・レマージュの学級の本日6時間目の授業は
本校舎から渡り廊下を移動した先の体育館での基本体術訓練。
課題を完了させたものから授業を終えて良いと言う事だったので、彼女は1番手で更衣室に向かった。
誰も居ない更衣室で着替え、淡い金髪を軽く整えてから、
女子の二番手が誰か確認する前に本校舎へと移動を開始する。
今日の授業はこれで終わりなので教室の荷物を回収したら
まっすぐ寮へ戻って昨日眠くて読むのを保留した兄の手紙3日分(まとめて着た)を読もう、
と訓練着を入れた袋をぶらぶらさせながら考えていると、あっという間に本校舎の入口までたどり着く。
前倒して授業を終わらせたのでまだ校舎は静かだったが、
後数分もしない内にそれぞれの教室から生徒が溢れてくるだろう。
ただの日常的な学校風景だ。
さほど何の感慨もなく校舎の扉に手を掛けたその時、彼女は初めて後ろから走ってくる足音に気付いた。
所詮学校の中なのでさほど警戒もしていなかった。
なので、振り返る暇もないほど素早く腕を引かれた時はかなり驚いた。
「ちょっと来い」
更にそれが級友のゼア・ラティカルだった事に驚き、
次いでいつも気怠いか不機嫌な表情が多い彼が随分真剣な顔だったことにも驚いた。
彼は何も言わずにそのまま彼女の腕を引いて、校舎の影に移動して行く。
ゼアは口も悪いし愛想もないが、見た目は線の細い美しい少年だ。
おそらくはたから見たら少女向けの恋愛小説の挿絵のようだろう。
完全に外部の視線を遮れる場所。
そこで彼は彼女の耳元に口を寄せ、そこまでしているのに更に声を潜めて囁いた。
「胸、ズレてるぞ」
「えっ?」
思考が追い付いていない代わりに両手が動いていた。
自分の思い描いていた感触が、右にあって左にない。
そして恐る恐る視線を下にやると、本来引き締まったくびれの左にぽこっとした膨らみ。
「ふっ…!?」
思わず短い悲鳴を上げる。
一体いつからこんな事になっていたのだろうか。
さぁっと血の気が引いていく音がした気がした。
その顔色を察して、ゼアが一応という感じに告げる。
「多分お前の次に出てきたのは俺だから、
誰かとすれ違ってなければ見られてはないだろ」
最悪の事態は防げたと思っていいのだろうか。
とは言え最大の秘密を知られた事で、いつも以上に人形のような無表情で固まる。
「とりあえずこっちは見張っとくから直せば?」
「……ありがとう」
特にそれ以上突っ込んでこなかった彼の提案に感謝の意を述べておく。
そもそもあの驚きもない冷めた感じは、もともと胸元の秘密に気付いていたのだろう。
しょうがない事だったと思考を切り替え、ゼアに背を向け、もそもそと服の中をまさぐる。
彼の方は宣言通り人通りを確認するためその場を離れようとしていた。
その離れる寸前。
軽いため息とともにほんの小さな独り言。
おそらく本人も口に出したつもりのなかったほどの小さな呟き。
「見栄張るから……」
研ぎ澄まされた聴力がその言葉を拾った時、彼女は反射的に身体を捻っていた。
「あれ?どうしたんだい?」
「保健室に行ってたんだよ」
「それを見れば分かるけど、何故そんな事に?」
早めに授業を終えたはずなのに、ほとんど生徒が帰路についた後に教室に戻ってきたゼアに、レアトが不思議そうに聞いた。
彼の左頬のやや下の部分に湿布が貼られている。
唇が少し切れている為、血も滲んでいた。
「避けれなくて当たったんだよ」
「だから何で?」
乙女の純情――否、誇りだろうか――はとても厳しい。
恋する乙女はとても怖い。
その乙女が戦闘能力を有してればなおさら。
「さっき体術訓練の授業だっただろうが」
幸い怪我をしても可笑しくない授業時間だった。
さすがに本当の事を言う訳にもいかない。
そんなことを吹聴する奴だと思われた時点で口封じの抹殺すらあり得る。
迂闊に漏れた独り言ですら見えない速さの掌底が飛んできたというのに。
「いや、ゼアに正面から一撃当てられる人間なんてそうそういないだろ。
しかもその位置、角度、ゼアよりも背が低い相手っぽいし、
それだとシャレオさんくらいしか思い浮かばなかったから」
湿布からはみ出た部分の腫れ方で、手での攻撃だと分かったのだろうか。
しかもそれで手の大きさを推測するように自分の手を重ねて見ている。
「けれど、さっきシャレオさんの訓練相手は1回もゼアではなかったよな」
――1時間の授業中ずっと見てたのかよ。手の大きさ知ってんのかよ。身長把握完璧かよ。
悪友台詞に、心がどんどん引いて行く。
その後レアトは学級委員の仕事があると教室から出た為、それ以上の追及はなかった。
しかし、
「…恋する男も怖えな」
必要以上自分をよく見せたいと言う気持ち。
必要以上に相手を観察する瞳。
甘い恋などしたことない彼は、恋の恐ろしさに一人震えた。
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