――ある夜。
深夜 躊躇いのない眠り
時々爆ぜる薪の炎が、大木にもたれ掛かる背の高い青年を照らしている。
その隣には身を寄せる様に、毛布にくるまった美しい女性が眠っていた。
計画的な日程で移動する彼らにとって、野宿は久しぶりだ。
それは予期せず災害によって遮断された道を避けた結果だった。
陽が落ちても次の街まで遠いと解ると、
自然と踏み均された通りから少し外れに落ち着けそうな場所を見つけ、
動物避けに火を焚き、順番に仮眠を取る。
深夜、危険などは特に訪れず、静かな虫の音だけが響いている。
炎に見飽きたのか青年は、傍らで眠る女性に目を落とした。
髪の一本にでも触れればすぐさま覚醒するだろう彼女を、
交代時間でもないのに起こす必要はない。
彼の目先の彼女。
彼は記憶力が良い。
必要な事はすべて覚えている。
裏を返せば、必要ない事は忘れるどころか記憶の隅にさえ置かれる事はない。
だから、彼女との出会い、数年に及ぶ仕事や生活。
そのすべてで彼女の見せた表情、仕草。
余す事なく思い浮かべる事ができるのは、きっと必要な事だからなのだろう。
彼の美しい所有物。
世に言う、恋人等と言い切って済むものではない。
彼女の存在はあまりにも単純であるが故に言葉などで表せるものではないのだから。
どれくらいだろうか、彼女を見つめていた彼は、何の躊躇いもなく彼女に触れた。
彼女は深い色の双眸を闇から開放すると、柔らかな微笑とともに半身を起こす。
そして彼は彼女と入れ替わるかのように、彼女の膝にその身を投じた。
彼女は特に驚きもせず微笑むと、自分に掛かっていた毛布を彼に掛け直す。
冷やりとした感覚が頬を撫でる時には、
彼の意識は仮眠と呼ぶには少々深い所に誘われていた。
彼が眠るのは、この世で唯一、心許せる温もりの中。
「おやすみ、ファイ」
ふわりとした言葉が、瞳を閉じた彼に落ちる。
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