WEB拍手小話----------
その日は雨だった。
雨の日@ ―クラム・ブラウ編―
その日の雨は強く、旅の出発を見送った。
予定外の休息を、ブラウは宿の一室で静かに過ごすつもりだった。
そこへ、いつもの人災が見舞う。
「ブルー!」
「せめてノックをしろ」
必要以上の勢いで扉を開けたのはクラムだった。
ブラウの要求など右から左へ流し、にこにことしている。
彼女がこういう状態の時、ろくな事が起こらないのは定番だ。
ブラウは何を言われても冷静に対応出来るよう身構えた。
「向こうの部屋行って、皆でカードゲームしよー」
「はぁ?」
「カードゲーム。どうせブルーも暇でしょ?」
確かに時間はあるが、カードゲームで遊びたい訳でもない。
「別に金を賭ける訳でもないんだろ?
なんでそんなガキみたいな遊びしなきゃなんねぇんだ」
明らかに断る気のブラウ。
クラムは首を傾げる。
「結構真剣勝負になると思うよ?」
「仲間内のゲームでそんなムキになるかよ」
カードゲームと言えばカジノでの賭けである彼にクラムは平然と言う。
「負けた人は脱ぐし」
「ハイリスクノーリターンじゃねぇか!
お前らどうせ俺集中狙いだろうが!」
どう考えてもこのパーティ内でのやられ役は決まって来る。
自分に振られる役が確定している時点でおいしい事など何もない。
「もう、ブルーは我儘だよ」
「どっちがだ。俺はやらねぇからな」
クラムはその言葉に明らかに不満そうだった。
「もうしょうがないなー。ラズー!」
彼女がラゼリアの名を出す事など半ば予想済みである。
しかし何と言われようと今回は譲るつもりはない。
「ブルーがラズが脱がないとやらないって…」
ほとんど言い終わったクラムの口を凄い勢いで塞ぐ。
こうなってしまえばもう、結果は決まったも同然だ。
「やりゃーいいんだろうが!!」
あっさりと駆け引きに負けたブラウはやけくそに叫んだ。
その後、ゲームで集中砲火に遭い、
半裸でカードを握り締める事になるのが誰なのか言うまでもない。
雨の日A ―ブラウ・ラゼリア編―
その日、ブラウとラゼリアは買い出しに出たが、
途中で雨に見舞われた。
降り始めた雨は強く、2人は軒先で雨宿りしていた。
「止まないな…」
「傘を持って出れば良かったわね」
数分で止めば良いと思ったが、雨は強くなる一方だ。
そうだな、と小さく返しながらも、
ブラウは微妙な居心地の悪さを感じていた。
彼を悩ませているのは、簡単に言うと距離だ。
何か近い。
先ほどまで軒下は、突然の雨に見舞われた人々の避難場所だった。
しかし、他の避難者は各々家族が傘を持って迎えに来た。
今は2人だけだが、彼は満員だった頃に彼女と詰めた距離を
いつ離せば良いか、そんな非常にどうでもいい事を気にしていた。
「急に離すと何か意識してるみたいだよな…」
そんな事を考えている時点ですでに意識し過ぎでいるのだが
思わず独り言を漏らすほど他の事に気が回っていない。
そんな隣の状況を知ってか知らずか、ラゼリアは口を開く。
「ブラウ、荷物重い方ずっと持っているの大変でしょ?
こっちとちょっと換えましょう」
「いや、大丈夫…」
と言いかけてふと思う。
受け取る為一歩近付き、下がる際に先程より距離を取れる。
「やっぱり」
と近付いて、でも重い物持たすのは駄目だろうと思い直す。
「いや、でもやっぱり」
異様に挙動不審なブラウに、ラゼリアも不安になる。
「大丈夫?何か…具合でも悪いの?」
そう言ってぎりぎりまで距離を詰め、彼の額に手を伸ばす。
彼女の冷えた手が額に張り付いた彼の濡れた髪を払う。
同じように濡れた髪の間から赤い瞳が覗く。
それに動揺し、彼は思いっきり引いてしまった。
驚いているラゼリアに気付き、慌てて思わず叫ぶ。
「俺、やっぱり傘取に行くっ」
「えっ?ちょっと、ブラウ!」
ラゼリアは呼び止めるが、聞こえていないようだった。
「薬草、湿気ちゃうんだけど…」
雨宿りの本来の目的を忘れた男は、雨の中を走り去った。
しばらくの後、傘を手にした僧侶が帰って来て
宿では洗濯物のように薬草達が大量に干される事となった。
雨の日B ―ラゼリア・ストロフィス編―
その日の雨は強く、旅の出発を見送った。
ブラウは情報収集の為と言い、夜しか開いていない酒場に向かい、
クラムは先にシャワーを浴びていた。
ラゼリアは地図帳が手荷物にない事に気付き、隣の部屋に赴いた。
軽いノックに返事が返って来たので、扉を開ける。
「ストロ、地図帳、そっちの荷物に入ってたかしら」
「あー…見た気がする」
ストロフィスはすでにシャワー後だった。
濡れてぺたんと寝た髪を見て、ラゼリアはふと思う。
「ストロ、髪伸びたわね」
「そう言われれば」
ストロフィスも自分の前髪を摘まんで同意した。
「切る?」
「ラズ、やってくれるの?」
「出来上がりは保証しないわ」
にっこり笑ったラゼリアはタオルや鋏を用意する。
ストロフィスを椅子に座らせ、準備を整えた。
いざ始めようという所で、彼は何気なく口を開く。
「クラムがやりたがってたんだ」
「じゃあ、止めといた方がいいかしら」
彼女は鋏に伸ばした手を止めた。
「いや…ぜひやって。
鋏持ったクラムに後ろ立たれるのは怖い」
悪気はないが気合が空回りする可能性がある。
決して前科がある訳ではないが、何となくそんな感じだ。
「いくらホイミがあったって耳切られるのヤダし」
「じゃあ、クラムには悪いけど始めましょうか」
ちょっと困ったように彼女は散髪を始めた。
ラゼリアとの時間はいつも心地よい程度の静寂に包まれる。
響くのはちょきちょきという金属音と、髪が床に落る僅かな音だけ。
しばらくして、彼女の手から鋏が離れた。
そして彼女の口が開かれる。
「後ろ、ひと房だけ残しておいたから」
「え?」
疑問符と供に振り返った彼に、彼女はとても良い笑顔を向けた。
「クラムに切らせてあげて」
「えっ?」
優しい僧侶は、皆に優しい僧侶だった。
その時、シャワーから上がったクラムのラゼリアを探す声がした。
数分後、異様な緊張感が漂う中、
勇者の後ろ髪のひと房が真っ直ぐバッサリ切り落とされた。
雨の日C ―ストロフィス・クラム編―
その日、ストロフィスとクラムは買い出しに出たが、
途中で雨に見舞われた。
降り始めた雨は強く、2人は軒先で雨宿りしていた。
「雨、なかなか止まないね」
「だな」
数分で止めば良いと思ったが、雨は強くなる一方だ。
クラムは隣を見上げる。
そんなに奥行きのない軒で、ストロフィスとの距離は近い。
「でもこの感じはトキメキだね」
「どの感じが…?」
「ひとつ屋根の下で2人きり…」
うっとりと彼女は言った。
「向こうに、おっさんいるけど」
自分達の反対側に、同じく雨宿り中の中年の男性がいる。
走って来たらしく息を切らせながら雨粒を拭き取るおじさん。
そのおじさんと同じ屋根の下に居る事にはムードを感じない。
「勇者くん…あのおじさんは視界から抹消して」
「しれっと結構酷い事言ったな」
言いながら、端にいるクラムの肩に
軒から落ちる雨が掛かりそうなのが見えた。
「そこ、濡れる」
「ちょ、わ」
自分と場所を換わろうと彼女の腕に触れると彼女は突然狼狽した。
そして濡れた地面で滑り、結局ストロフィスに支えられる。
「危ない」
「ご、ごめん…」
「前から思ってたけど、
クラムって自分から突撃してくるのに、
俺から近付くと引くね」
「えっと、うーん…そうかも」
乙女心と言うやつです…とかクラムはぼそぼそと呟く。
それが彼には聞こえてなかったらしい。
「いや、まぁ解らないでもない」
「えっ?」
仄かに顔を赤らめてクラムは期待に胸を膨らませる。
「俺もおっさんとかマッチョに迫られたらそうなる」
「それは…ちょっと違うよ」
非常に残念な理解のされ方だった。
できればマッチョを見た時の気持ちと一緒にして欲しくなかった。
その後、ラゼリアが傘を持って迎えに来るまで
ちょっぴり切ない想いで彼女は降り落ちる雨粒を見つめた。
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